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志津川町

阪神淡路のときは札幌にいて、千歳空港で衝撃の映像を見たのだが、
どこか他の国のできごとのように感じた。道産子には関西は心理的に遠い。
今回は、学生時代に仙台に住んでいたこともあり、良く見知った地名を
見るたびに何とも言いようのない思いが募る。


1985年の夏休み、仙台から札幌までツーリングした。もちろん、自転車で。
もう、26年も前だが、三陸海岸のつらさはいまでも覚えている。
延々と続く入り江と集落、その間の峠。途中で2泊して、3日目にようやく抜けた。

片倉シルクのキャンピング車に、なぜか前後輪4つもバックをつけて、早朝、仙台の
大学の寮を出発。塩竈あたりでバッグを路肩にひっかけて転倒、
あやうくダンプに轢かれそうになったりしながら、
石巻、女川を過ぎて、三陸リアス式海岸へ。
しかし、20kg以上の車重での初のロングツーリングで完全にへろへろになり、
12時間走ってようやくたどり着いたのが、「志津川町」。
町村合併で、今の「南三陸町」である。


気仙沼まで行くつもりが、まったく無理で、その辺にテントを張ろうと、
近くの小学校(だったはず)に行く。


しかーし、テントのつもりで持ってきたのは、なんと「フライシート」(テントの雨よけ)(;_;)
しょうがないので、小学校の軒先でフライシートに包まって、野宿。
今なら、完全に不審者だ。


あのときの記憶が蘇った。あの町は一瞬にして完全に津波に破壊され、
数1000人が今も行方不明だという。。。


いつかまた、あのルートをロードバイクで走り抜けようと思っていたのだが、まさか
こういう形で町の風景を見るとは。。。