いわゆる「買い占め」についての世の中の誤解

東京では「買い占め」が起こっているそうだ。
スーパーもコンビニも棚がすっからかん、だそうだ。
鹿児島はまったく平和なので想像もつかないけど。


それで、「買い占めはいかん!」とか「モラルの低下だ!」だの、
うちは大家族なんです〜(;_;)」と周囲からいじめられたお母さんの報告とか、
はては「これだからオイルショック世代は」、とかTwitterなんかで騒がれ、
官房長官まで「買い占めはしないでください」と言ったとか。


これ、ちょっと誤解なんだよねー。物理学の言葉を使えば、今回の現象は、

安定な平衡点にあった店の在庫が、不安定平衡点に変わった結果、不安定性が非線形成長してしまった

と言うことができる。


なんのこっちゃかわからない人が大多数だと思うので(プロな人は読み飛ばしてください)、
簡単に噛み砕いてみる。

(注 以下は、現象をできるだけ単純化して本質を理解しようという物理屋「サガ」による考察なので、
実際はもっと複雑だとか、いや、実際に大量に買い占めてる人がいるんだ、とかいう反論はあるでしょう。


どんなお店も普段は、在庫をできるだけ減らすために、商品の売り上げを見ながら仕入れを調整する。
なので、ある商品、たとえば牛乳の売り上げが増えそうだと予測できたり、
棚の牛乳が少し減ったら、仕入れを増やす。逆に売れ残りが増えたら仕入れを調整する。


その結果、棚の商品はそんなに変動しないで、いつも物が潤沢にある状態に落ち着く。
これが「安定平衡点
「平衡」というのは「バランス」ということで、この場合は売り上げと仕入れが同じということ。


ところで、バランスがとれていても「不安定」という状態がある。
たとえば、凸凹な床があって、凸の部分に乗っかったパチンコ玉、みたいな状態。
ちょっと突っつくと、すぐ転がってしまう。
一方、凹部分の玉は、ちょっと突っついてもまた元の場所に戻る。
凹が深ければ、より元の場所に戻りやすい。
ここで、ミソは、「パチンコ玉の性質は何も変わらなくても凸凹次第で結果は変わってしまう
ということだ。


普段のスーパーは、この凹状態なわけだ。



さて、こういう大災害が起こって、TVが危機感をあおるような報道ばかりしていると、
これが、凸状態
に変わってしまう。


そうすると、何が起きるか。


たとえば、普段なら牛乳パックを2本、買い物かごにいれる人が、「ちょっと多めに買っておこう」と3本いれたとする。
パチンコ玉の例で言えば、「少し突っつく」ことに相当する。


で、そういう人が「いつもよりもやや増えた」結果、
牛乳コーナーの平衡が崩れて、いつもよりも「見た目スカスカ」な棚になったとする。


そうすると、他のお客さんは、「あ、やばい、牛乳が不足気味?」とか思って、
いつもよりも「やや多め」に買ってしまう。
 (まあ、中には10本も買う人もいるかもしれないけど、そういう人は最初のうちはごく少数のはず)


こういうのが繰り返されると、牛乳コーナーがスッカラカンになってしまう。

これが「不安定性の非線形成長」

パチンコ玉の例で言えば、元あった場所から、ぜんぜん違うところに転がってしまった状態


で、それを見たお客さんが「他の商品もなくなってしまうかも」と思って、
パンも少し多めに買ってしまう。

.....


結果、パンコーナーもすっからかん、となる。これを繰り返すと、あっという間に、
店中がすっからかん、となってしまう。


これが、「買い占め」の物理。


ここでのポイントは、全部のお客さんが普段1本しか牛乳を買わないところを10本買う、とかいう
極端なことをしなくても、店がスッカラカンになりうる、ことだ。


おそらく、買い占め現象の最初のうちは、上のように、お客さんの行動は普段とそれほど
変わっていない
はずだ。ましてはモラルが変わったわけでもない


しかし、TVでスッカラカンになった店の映像や、官房長官が「買い占めを止めてください!」なんて
言うと、ますます危機感が煽られて、牛乳3本が5本になったりする。
その結果は、言うまでもないだろう。


さて、では、不安定にさせないにはどうしたらよいのだろう?


まずは、「仕入れ」を増やす。これはパチンコ玉の例で言えば、凸凹の凹を深くすることに相当する。
そうすると、凹にはまったパチンコ玉は、ちょっと突っついたくらいでは転がらなくなる。
在庫が安定するわけだ。


もう一つは、「非線形成長を止める」こと。

非線形な現象というのは、いいかえると「フィードバック」がある、ということ。
店の話で言えば、「いつもよりも少しスカスカになった棚」を見て、「自分もたくさん買わなくては」とお客さんが
いつもと少し違う行動に走ること。


つまり、TVなんかで「たった1軒の店のパンコーナーが空っぽになっているシーン」を放送する、というのが
まさにフィードバックだ。それを見た人の行動を変えてしまう。


だから、「買い占め現象」を止めたければ、政府は記者会見なんてしては駄目なわけだ。

また、お店のオーナーや、コンビニチェーンの偉い人は、そういう兆候をキャッチしたら、

「その地域の物流を増やして、店の在庫が増える」ように 「密か」に行動しないといけない。

密かにしないと、フィードバックがかかってしまう。
最初のうちなら、もとの安定な状態に戻すにはたいした労力はいらない。


ただし、一旦、全体で「不安定が非線形成長」してしまったら、それは大変だ。
それがいまの状態こうなってしまっては手遅れ